阪神の関本賢太選手の引退!嫁や家族の情報も!

阪神の関本賢太選手の引退!嫁や家族の情報も!

今季限りで引退することを発表した阪神の関本賢太選手。

引退挨拶で、いつかまた甲子園に
戻ってきたいと宣言しました。

関本賢太選手の家族や嫁である恵さんは、
どんな思いだったのでしょうか。

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関本賢太郎選手について

関本健太郎

関本賢太郎選手は、1978生まれで
天理高3年夏に、1番打者で甲子園出場しました。

右投げ右打ちで、1996年のドラフト2位指名で、大型新人として
天理高から阪神へ入団しました。

現役引退まで、入団からずっと阪神タイガースでプレーを続けました。

「未完の大器」と言われ、阪神入団後6年たった23歳の頃には
相次ぐ故障に見舞われ続けました。

阪神タイガースに、19年間在籍の記録は、
関本賢太郎選手が最長となります。

2007年、プロ11年目にしてようやく、スタメン出場となるものの
途中不振からスタメンを外されることもありましたが、
終わってみると、二塁手連続守備機会無失策804という
セ・リーグ記録を更新しました。

2008年より、登録名を本名の関本 健太郎から
「関本 賢太郎」に変更しました。

2008年6月17日には、1試合4連続犠打、
対東北楽天ゴールデンイーグルス3回戦
(阪神甲子園球場)の記録を作りました。
これは、史上8人目となります。

その後、「代打の神様」として活躍をしました。

座右の銘が、不撓不屈(ふとうふくつ)」の精神で、
怪我になかされて、二軍に落ちても何度も這い上がってきました。

そんな関本賢太郎選手の嫁である恵さんは
どんな思いだったのでしょうか?
気になりますよね。

関本賢太郎選手のお嫁さんや
お子さんの情報をお伝えしましょう。

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関本賢太郎選手の嫁や家族の情報

関本賢太郎選手には、2歳年下の恵夫人と
男の子2人のお子さんがいらっしゃいます。

怪我に泣かされながらも、関本賢太郎選手は、
子どもが、自分のことがプロ野球選手だと
分かる年になるまで続けることを
ずっと目標にしてきたそうです。

そんな子どもたちもすでに、13歳と10歳になりました。
お父さんである関本賢太郎選手と一緒にキャッチボールする野球少年です。

子供たちとの会話は、自然に野球のことばかりです。

関本賢太郎選手は、どんなに体が、疲れていても、
子どもたちの野球の練習に付き合ったり
一緒に部屋の中で、素振りをしたりと積極的に子どもたちと
コミュニケーションをとる優しいお父さんのようです。

そして、恵夫人によると、関本賢太郎選手は
どんなことがあっても、絶対にイライラしないそうです。

さすがですね。

関本賢太郎選手の人間の器の大きさを感じますよね。

そんなお父さんの引退には、子どもたちは
全く信じられなかったそうです。

どんなに辛くても家族には、
微塵もそんな辛い顔を見せずにいた
関本賢太郎選手。

かっこいいですね。

引退後は、今までずっと支えてきてくれた恵夫人と
子どもたちと少しは、のんびりしてほしいですね。

最後に

子どもたちは、こんなかっこいいお父さんをずっと
誇りに思うに違いないですね。

でも、やっぱり、関本賢太郎選手には、
甲子園球場と阪神タイガースが、とっても似合っているので
ぜひ、コーチや監督として戻ってきて欲しいですね。

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