益子修の年収や経歴と学歴は?歴代三菱自動車の社長とは

益子修の年収や経歴と学歴は?歴代三菱自動車の社長とは

三菱自動車の益子修会長が燃費偽装問題の
責任をとって辞任しましたが

国内法令と異なる走行法で燃費試験を行う不正については
1991年から約25年間にわたり続いていました。

試験のデータのかいざなんなども
2013年から販売する軽自動車の開発段階で行っています。

益子修氏は、10年以上トップにいましたが、
年収や経歴と学歴などご紹介したいと思います。
三菱自動車の歴代の社長なども見ていきましょう。

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益子修会長(三菱自動車)の年収は

益子修会長は、もともとは三菱商事出身です。
2005年に三菱自動車のの常務から社長に昇格しています。

2006年度の役員報酬の額を見てみると
2,890万円となっています。
取締役報酬の個別開示はされていませんが

2014年4月1日から2015年3月31日までの1年間に取締役及び監査役に支払った報酬等の額は次のとおりです。
取締役(社外取締役を除く)12名に定額報酬として総額419百万円を支給。
監査役(社外監査役を除く)2名に定額報酬として総額53百万円を支給。
社外役員10名に定額報酬として総額75百万円を支給。

とのことですので
単純に人数で割った額でも

3500万円以上はもらっている
推測されます。

益子修氏の経歴や学歴は

益子修氏は、早稲田大学卒業後、三菱商事に
入社しました。

三菱自動車の大規模成りコール隠しの発覚で
経営危機状態の時に、
三菱自動車工業の再建のために、転籍
しました。

2007年度に過去最高益を出しますが
2008年のリーマンショック、
2011年の東日本大震災を経験し、
さらにタイの洪水被害のために、
工場建設が止まってしまうという事態もあったそうです。

★益子修氏のプロフィール★
生年月日:1949年2月19日

出身地:東京都

学歴:海城高等学校、早稲田大学政治経済学部

1972年:三菱商事へ入社
2003年:三菱商事執行役員・自動車事業本部長に就任
2004年:三菱自動車工業に転籍

2005年に、三菱自の常務から社長に就任しました。

今回のデータ改ざんなどは、
25年前の1991年から行っていたことを明らかとなっています。

とすると、益子修氏が社長になる以前から
当たり前に受け継がれていたことになります。

三菱自動車の歴代の社長を見ていきましょう。

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三菱自動車の歴代の社長とは

歴代の社長がその後、会長に就任していますので
体質は、ずっと受け継がれているのでしょうか。

歴代社長(敬称略)
初代 佐藤 勇二 1970年4月から1973年5月
2代 久保 富夫 1973年5月から1979年6月
3代 曽根 嘉年 1979年6月から1981年6月
4代 東条 輝雄 1981年6月から1983年6月
5代 舘 豊夫   1983年6月から1989年6月

6代 中村 裕一 1989年6月から1995年6月
7代 塚原 董久 1995年6月から 1996年6月
8代 木村 雄宗 1996年6月から1997年11月
9代 河添 克彦 1997年11月から2000年11月
10代 園部 孝 2000年11月から2002年6月
11代 ロルフ エクロート 2002年6月から2004年4月
社長代行 橋本 圭一郎 2004年4月から2004年4月
12代 岡﨑 洋一郎 2004年4月から2004年6月
13代 多賀谷 秀保 2004年6月から2005年1月
14代 益子 修  2005年1月から2014年
15代 相川哲郎 2014年から

益子氏もリコール隠しなど
不正を断ち切る姿勢を打ち出し
経営者の対応が一番の問題だとしていただけに

結局は、長年受け継がれている体質を
変えることが、できなかったのでしょうか。
とても残念に思います。

この先、三菱自動車がどうなるのか
多くの関連業者や下請けの工場など
三菱自動車の関連の会社は一体どうなってしまうのかも
大変気になります。

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