金澤泰子の夫や子供!実家がすごいってホント

金澤泰子の夫や子供!実家がすごいってホント

こんにちは、エムです。

ダウン症で書家の金澤翔子さんの母である
金澤泰子さん。

以前、金澤翔子さんの書の展覧会を
見たことがありましたが、
文字で、こんなに感動するなんて事があるとは
全く思っていなったので、ビックリしました。

金澤泰子さんの翔子さんへは、とても厳しく
接することなども
赤裸々に、語っています。

そこまで、厳しい理由や
旦那さんや実家についても気になりますね。

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金澤泰子さんの夫は?

金澤翔子さんの母である
金澤泰子さんも書家で、
雅号は、金沢蘭鳳と言います。


出典:twitterより

もともとは、短歌を作っていて
和装本の題簽(だいせん)も行っていたそうです。

旦那さんの金澤裕さんとは
1977年に結婚
しました。

翔子さんが、14歳の時に、夫の裕さんが突然、
心臓発作で倒れ、そのまま
亡くなってしまいます。

52歳の若さだったそうです。

あまりにも突然のことでした。

夫の裕さんは、翔子さんの書が上手だから
いつか個展ができたらいいねと
いつも話していたそうです。

金澤泰子さんの子供の翔子さん

翔子さんが生まれたのは、金澤泰子さんは、42歳時でした。

今までキャリアを積んで
やりたいことをしてきて、優しい旦那様と
幸せな結婚生活もおくっていて、
待望の赤ちゃんの誕生に心が踊っていたそうです。

ところが、生まれた翔子さんは
染色体の数が、1つ多いダウン症者でした。

泰子さんは、知的障害を持ったまま育つことで
周りからの偏見や自分の責任の重さで、
ノイローゼ気味になっていったそうです。

自分も責任をとって、子供と一緒に
命を絶とうと思い悩んでいたそうです。

金澤翔子さんが生まれてから
ダウン症の娘に、何かを身に付けさせようと
近所の子供たちを集めて開いたのが
久が原の書道教室
でした。

その後も、泰子さんの心配は
おさまる事はありませんでした。

翔子さんが小学生の時に、普通教室ではなく
障害者学級に移るように言われて
途方にくれたり、
作業所に行くようになったら
上手く対応できずにやめてしまったり。

その都度、泰子さんは、
心を平静に保つことができなかったそうです。

翔子さんが、10歳には
般若心経を毎日書き続け、遂に10組、総計で3千字以上を
書いたときも泰子さんの気持ちが
落ち着かず、途方にくれていたような気がします。

★金澤泰子さんのプロフィール★

生年月日:1943年12月15日

大学:明治大学卒業

昭和39年(1964)短歌「まひる野」同人となる。馬場あき子に師事。

昭和40年(1965)能「喜多流」に入門。喜多節世に師事。

昭和46年(1971)村上一郎の歌集「撃攘」の題簽。

昭和48年(1973)村上一郎の評論集「草弄論」の題簽。

昭和52年(1977)書道「学書院」に入会。柳田泰雲に師事。
金澤 裕と結婚。

昭和53年(1978)奥野建夫の評論集「深層 日本紀行」の題簽。

昭和56年(1981)歌集「少院抄」を出版。

昭和60年(1985)6月12日 翔子誕生。

平成 2年(1990)久が原書道教室開設。

平成10年(1998)書道「泰書會」に入会。柳田泰山に師事。

平成12年(2000)2月、第一回「久が原書道展」開催。

平成14年(2002)3月、第二回「久が原書道展」開催。

平成16年(2004)3月、第三回「久が原書道展」開催。

平成18年(2006)7月、「愛にはじまる」をビジネス社より出版。

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金澤泰子さんの実家

ダウン症の子供を持つ泰子さんの
赤裸々な告白には、常に追い詰められていたような
感じがしてしまいます。

どうして、そこまでひた隠しにしたり
自分の責任でと、思いつめるようになったのでしょう。

金澤泰子さんの実家は、千葉県で旧家だったそうです。
お父さんは、現在のJR職員で、駅長の仕事をしていました。
お母さんは、慶応大学の医学部出身だそうです。

何の不自由もなく、しかも
文化的にも刺激を受ける大学生活を送り
とても自由で充実していた日日を送っていたのでしょうね。

なので、途端に授かった命よりも
マイナスの部分にしか、目がいかなくなったのかも
しれませんね。

子育てって、自分が親になって
育てているつもりになっていますが、
実は子供によって、教えてもらえることがたくさんあります。

おそらく、ちょっと先に生きているだけで
えらそうにする親よりもずっと、子供のほうが
精神的にも優れている場合も多いような気がします。

泰子さんも、実は、翔子さんによって
育てられた部分も多かったのかもしれません。

翔子さんの書の才能を見つけて
開花させるためには、泰子さんのスパルタも
ある意味必要だったのかもしれません。

ただ、金澤翔子さんの書の魅力は
見えないけれど、母を含めて全ての人に
癒やしや勇気を与える力が、宿っているのかもしれないなあと
思ってしまいます。

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